元Wink 鈴木早智子の若い頃・結婚は?相田翔子との出会いは?アルバム「Mode」発売

女性歌手

こんにちは、タムジーです。

今回は、元スーパーアイドル・Winkの鈴木早智子さんを紹介したいと思います。鈴木早智子さんといえば、やっぱり一世を風靡した可愛すぎるルックスです。

Winkの大ファンにとっては、さっちんは永遠のアイドルですね!あの可愛い衣装、どことなくセクシーな表情も最高でした。今回は、元Wink・昔も今もかわいい鈴木早智子さんの若い頃から現在まで、デビューのきっかけ、最近の仕事は何をやっているの?など詳しくご紹介したいと思います。

ぜひ、最後までお付き合いくださいね。




鈴木早智子 幼少期は?父、母、姉弟は?

それではプロフィールからご紹介します。

プロフィール:
出生名:鈴木早智子(すずきさちこ)
愛称:さっちん
生年月日:1969年2月22日
身長:157cm
血液型:A型
出身地:東京都出身
年齢:2024年2月現在55歳

鈴木早智子さんは、東京生まれで、今年55歳になります。
父は広告関係の仕事に就き、母は専業主婦でした。
姉弟は、鈴木さんを入れて三人。4歳下に弟がいて、8歳下に妹。
鈴木さんは、とびきり自慢の長女なのです。

父の仕事の都合からか、家族は転勤や引っ越しが多く、忙しい毎日を過ごされていたそうです。

鈴木さんが、芸能界に憧れを持ち出したのは、小学校2年生のとき。TVでピンク・レディーがペッパー警部を歌っている姿を見て、「私もアイドルになりたい!」と思ったのがきっかけです。それからは、アイドル歌手に夢中になり、自分でも歌うようになります。

その熱は、子どもながらにすさまじかったらしく、「自分でマイクを購入した」「連日、家でカラオケ漬け」などの、さっちん伝説があるのです。

さらに、小学校6年生くらいになると、お年玉やプレゼントは全て音楽関係ものになり、両親からは「8トラックのカラオケセット」を買ってもらったとか。中学生になっても、自分の部屋でずっと歌の練習をしていたそうです。

スーパーアイドル歌手としての礎は、この頃に築かれたのかもしれませんね。


鈴木早智子 歌手を夢見て、中学生時代からオーディション漬けに?

中学生になった鈴木さんは、歌手になるためにオーディションを受けまくります。中学1年生のときは、アニメ主題歌のオーディションに応募。見事、最終審査に合格したのですが、先行きに不安を感じたのか辞退しています。

しかし、中学卒業時には「将来は歌手になる。」と決心をしていたようです。そのため、都内の高校入学後は、すぐに「休学「退学」の道を選択。
そして、多くの歌手が辿ったように、アルバイトをして歌のレッスンに励む日々を過ごします。毎日はあっという間に過ぎて、転機は鈴木さんが18歳のときに訪れます。

昭和61年に開催されたオーディション「第1回ロッテCMアイドルはキミだ!」で決勝に進出したのです。しかし、今回はグランプリを逃してしまいました。ちなみにグランプリを獲得したのは、橘理佐さん、後のアイドル立花理佐さんでした。

オーディション後にスタッフから手紙が届きます。内容は、「君なら、スターになれる。諦めないで頑張って欲しい。」というものでした。

この励ましの手紙により、鈴木さんは再びオーディションを受けまくることを決意。そして、エンタメ雑誌「UP to boy」のオーディションで、とうとうグランプリを獲得したのです!

芸能界への扉が開かれた瞬間でした。


鈴木早智子 芸能界デビュー、相田翔子との出会いは?

グランプリを獲った鈴木さんは、1987年5月に「UP to boy」の表紙を飾り、芸能界デビューを果たします。

その後は、UP to boyの編集長に森裕平さんを紹介され、「株式会社アップライトミュージック」に所属することになりました。鈴木さんの芸能活動は、ここから本格的に始まるのでした。

念願の所属事務所を手に入れた鈴木さんでしたが、最初は掃除やお茶くみなどの雑用ばかりでした。中でも、事務所の電話番はかなりのウェートを占めていたそうです。

仕事の合間を縫っての「オーディション」を受ける日々。苦労が絶えなかったことは、容易に想像できますが、チャンスの神様はみんなに平等です。1988年、またしてもチャンスが訪れます。

いつものようにオーディションを受けに行った、鈴木さん。オーディション時に、たまたま2人でデュエットする場面がありました。合否が分からないまま、数日が過ぎます。

そして、ある日のこと。社長に突然呼び出され、「あの時、デュエットした人とデビューすることになったから」と言われました。そのデュエットした人というのが、相田翔子さんだったのです。


鈴木早智子 Winkで歌手デビュー!ソロ・アルバム「Mode」発売

Winkの歌手デビューは、1988年4月27日に「Suger Baby Love」でした。デビュー当時から、可愛い2人組のユニットは注目を集め、3枚目のシングル「愛が止まらない ~ Turn It Into Love ~」が大ヒット!!

マリオネットを思わせる、クールなダンスは話題沸騰となりました。その勢いのまま、89年の5枚目シングル「淋しい熱帯魚」が日本レコード大賞を受賞。

加えて、「第40回NHK紅白歌合戦」にも出場を果たし、Winkは一躍、国民的アイドルに上り詰めたのでした。

まさに「平成の歌姫」となったWinkは、1996年3月31日の活動停止まで、シングル25枚、アルバム25枚を発売し、記憶にも記録にも残る人気アイドルとなったのです。

また、Wink時代の1992年3月には、ソロ・ミニ・アルバム「Mode」を発売。このアルバムは、Winkで活動期間中に発売された、唯一のソロ・アルバムですね。


鈴木早智子 結婚はしているの?

まさに一世を風靡した、平成のアイドル・鈴木さんですが、結婚はしているのでしょうか?結論は「独身」です。

ファンのみなさんは、ホッとしたでしょうか?意外だったでしょうか?どちらにせよ、結婚歴もなく「みんなのアイドル」を貫いてくれています。

以前に出版した「負け時魂」では、結婚や子育てには興味がないという旨も書いていましたので、これからも独身でいるかもしれませんね。


鈴木早智子 Wink活動休止後は?救急搬送された?

Winkの活動停止後は、女優、タレント業が中心となっていますが、本懐である歌手としては、2003年12月10日に初のソロ・アルバム「零〜re-generation〜」を発売されています。2004年には、「零〜re-generation〜TOUR2004」としてライブツアーを決行されました。

2008年の日本レコード大賞では、Winkとして相田翔子さんとゲスト出演。「淋しい熱帯魚」を歌唱しています。2009年1月には、DVD「NATURAL 〜Respect my life〜」を発売しセミヌードを披露。

同年3月には、自宅マンションで体調を崩し、救急搬送されたという一幕もありましたが、これは夜の作業が続く中、眠れない時に使用していた安定剤を服用し、友人との電話中に寝てしまい、心配した友人が119番通報したためでした。翌日には本人による緊急会見を開き釈明しています。

その後ソフトAVとも言われた「DVD『NATURAL 〜Respect my life〜」を発売。
ヌード写真集「one track memories」なども発売されファンを驚かせました。

芸能活動を休止した期間もありましたが、2011年には復帰、テレビ番組、イベントなどの芸能活動をしていましたが、目立った活動はされていなかった様に思います。2018年には「思い出のメロディー」NHK総合・「第60回日本レコード大賞」TBS系で相田翔子さんとWinkとして出演されています。


鈴木早智子の現在と未来

現在、鈴木さんは、2022年に取得した介護初任資格を活かした活動をしています。この資格を取得するには、1年間介護施設で働く必要があり、とても大変だったようです。鈴木さんは、資格取得を決めた理由について以下のように語っています。

「50代に入ったこと、コロナ禍で時間ができたことで背中を押されました。ツテも何もなくて、履歴書を書くのも面接も初めて。すべてが未知の世界で、なかなか勇気が出ずにいましたが、葛藤の末、一歩踏み出しました。」
引用:excite news

さらに、「YouTubeとか、いろんな見せ方がある。私と翔子さえ繋がっていれば、おばあちゃんになっても、何か楽しいことができるんじゃないかなって思っています。」と、ファンにとっては嬉しいコメントも飛び出しています。

最近は、あまりメディアに出る機会が減っているので、ぜひYouTubeや相田さんとのコンビも見たいものですよね。

いつまでも若く可愛い、さっちん。ぜひYouTubeやコンサート、テレビ出演などを期待しています。それでは、みんなの永遠の推し、鈴木早智子さんを、これからも応援していきましょう!

本日も最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。


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