浅田美代子 若い頃がかわいい! 元夫・吉田拓郎との馴れ初めは?明石家さんまとの関係は?

俳優・女優

こんにちは、タムジーです。

今回は70年代アイドルとしてデビューされた浅田美代子さんをご紹介します。

若い頃は、丸顔のとても可愛い浅田美代子さん。現在も可愛らしい印象は変わらず、ドラマ、映画、天然キャラを持つタレントとしてもご活躍されていますね。

そんな浅田美代子さんの、若い頃から結婚、離婚、現在まで詳しくご紹介していきます。

どうぞ最後までお付き合いくださいね!




浅田美代子・年齢、家族、学歴は?芸能界デビューのきっかけは?

それではプロフィールからご紹介します。

プロフィール:
生年月日・1956年2月15日
本名・浅田美代子
出生地・東京都港区
学歴・東京女学館高等学校(中退)
身長・157cm
血液型・B型
2023年1月現在・66歳
趣味/特技・ピアノ、テニス

浅田美代子さんの家族は、両親と弟の4人家族です。父親は麻布で自動車修理工場を営み、母は洋裁が得意でした。

浅田美代子さんの洋服は、母の手作りで、良く雑誌などを見ながらおねだりしていたそうです。

また、昔若い頃のエピソードとして、以下の様な事があります。

親から小学校受験を勧められ、近所の東京女学館を目指すも、友達と別れたくないと言う理由から、面接試験で名前は?の質問に対し「ない、ママ帰ろう」と言ってしまいました。

せっかく面接の練習をしたのにと、親からはひどく怒られたそうです。

そのような事から小学校は、港区立南山小学校を卒業、中学で東京女学館を再受験し合格しています。

そのまま東京女学館高校へ進むと、1972年、高校2年時に街でスカウトされます。親の猛反対もありましたが、ドラマ「時間ですよ」のオーディションを受け、なんと合格、芸能界入りのきっかけとなりました。

2万5000人の中から選ばれた浅田美代子さん。そうとう可愛かったのですね、それ以外にも素質を見い出されたものと思います。

通っていた学校は、芸能活動禁止のため自主退学されています。


浅田美代子・「赤い風船」で歌手デビュー、ドラマ、主演映画は?「しあわせの一番星」「虹の架け橋」もヒット。アルバムは?

浅田美代子さんは、1973年2月14日ドラマ「時間ですよ」(TBS系)のお手伝い役の「ミヨちゃん」で人気を博しました。

劇中で歌われていた「赤い風船」で歌手デビューも果たしています。

この曲は、親しみやすい童謡を思わせる歌詞とメロディーで、作詞・安井かずみさん、作曲、編曲・筒美京平さんによって生まれた曲です。

ドリーミーなサウンドが、少し不安定な浅田美代子さんの歌い方とマッチし、年間売上約50万枚、オリコン5週連続1位、年間セールス10位の大ヒットとなりました。

この曲は、1973年の第15回日本レコード大賞・新人賞を受賞しています。

下の画像は、デビュー当時のイベントにて最前列で撮影、とても貴重な1枚です。

その後も1974年3月1日シングル「しあわせの一番星」がヒット。この曲は映画「しあわせの一番星」の主題歌として歌われ、映画では、浅田美代子さんが主演しています。

ドラマでは「寺内貫太郎一家」「時間ですよ・昭和元年」などの人気ドラマに出演、映画では1974年「しあわせの一番星」の他「あした輝く」でも主演されています。

ドラマ「寺内貫太郎一家」挿入歌、シングル「虹の架け橋」も最高順位12位まで上昇、ヒットしています。

シングルでは、1973年から1994年までに、12枚を発表。

アルバムはベスト盤、リサイタル・ライブ盤など19枚を売り出しています。




浅田美代子・樹木希林との出会いは?エッセイ集「ひとりじめ」

樹木希林さんに最初に出会ったのは「時間ですよ」のオーディションでした。

希林さんは審査員で浅田美代子さんを選んでくれた1人。

「お芝居は技術より、気持ちでやるんだよ」と台本との向き合い方、役者としてどうあるべきかなど、多くを学び育ててもらったと思う。と浅田さんは「ひとりじめ」で書き綴っています。

樹木希林さんは、お芝居の師匠であり、姉や母の様な存在。

また樹木希林さんは、2018年9月15日75歳で他界され「美代ちゃんが私の人生の語り部になってね」と言う言葉を残しています。

「ひとりじめ」は、2021年09月15日に発売されました。

浅田美代子さんの若い頃や、希林さんとの思い出、結婚の事などが綴られ、浅田美代子さんの全てが詰まったエッセイ集です。




浅田美代子・結婚、旦那は吉田拓郎、馴れ初めは?

浅田美代子さんは1977年7月、21歳でフォークシンガー、吉田拓郎さんと結婚され、芸能界を引退。主婦業に専念しています。

吉田拓郎さんとの馴れ初めは、1974年8月21日シングル「じゃあまたね」を発表、この曲を作曲したのが吉田拓郎さんでした。

その後19歳の時、吉田拓郎さんのラジオ番組に、ゲスト出演した事がきっかけとなり交際、結婚に結び付きました。

第一印象は、「吉田さんのおかげで楽しかった」など、その程度でした。吉田拓郎さんは誕生日が近い日に、浅田美代子さんの実家に電話をかけ「誕生日をみんなで祝おう」と提案、指定場所に行くと吉田さんが1人だったという。

浅田さんは、吉田さんの事を次の様に書いています。

恋に未熟で単純だった浅田さんは「なんて男らしい人なんだろう」と恋心に火が付いてしまった。

引用:「ひとりじめ」より

2人の関係がスクープされ、周囲が騒がしくなると約1年の交際でプロポーズされた。

行きつけのバーで一瞬話が止まった時、吉田さんがコースターを裏返すと、そこには「結婚しよう」と書いてあったそうです。

浅田さんのご両親は結婚に対し「まだ19歳だし、相手がミュージシャンなんてあり得ない」と激怒。それを説得してくれたのは、樹木希林さんでした。

結婚後、主婦業に専念されましたが、1983年10月に芸能活動を再開。

吉田拓郎さんとの離婚話が持ち上がり、1984年8月に離婚しています。




浅田美代子・離婚後は?明石家さんまとの関係は?

2017年8月25日、浅田美代子さんは「ダウンタウンなう」(フジテレビ)に出演。離婚後の吉田拓郎さんとの関係に関して話されています。

元夫の吉田とは「(会うことは)ないない。偶然もない。
(今では)電話番号も知らないもん。別れてすぐは知ってたけど、携帯も変わったり、引っ越したりしているうちに全然わからなくなった」といい、「そういうもんよ、離婚って」とあっけらかんと話した。

引用:Sponichi Annex

また独身になって30年以上、離婚後プロポーズも3人くらいからされました。現在は今のところいないと話されています。

明石家さんまさんとの関係については以下の様に話されています。

「同級生な感じ。仕事が多かったから、同志みたい。そういう感じにはならなかった」

引用:Sponichi Annex

さんまさんとの熱愛が報じられた事もありましたが、否定しています。


浅田美代子・映画「エリカ38」現在は保護犬支援も。

今まで多数の人気番組、映画、ドラマに出演してきた女優の浅田美代子さんは、2019年に公開された映画「エリカ38」に主演されています。

この映画は「ロンドン・イーストアジア映画祭2019」に出品。

主演の浅田美代子さんは、審査員特別賞を見事受賞しています。

この事に対して浅田さんは、次の様に述べています。

「このような賞を海外から頂けるなんて光栄です。自分を支えてくださったスタッフ、キャストの皆様に感謝しております。そして、(企画、共演した)樹木希林さんにも大感謝です」

引用:Sponichi Annex

私生活では、愛犬家でもある浅田美代子さん。

2014年には、都内の犬猫の殺処分ゼロを目指すキャンペーン「TOKYO ZERO」の一員となっています。

現在も女優業の傍ら、保護犬、捨て犬や捨て猫の虐待防止など様々な動物愛護団体への支援も行っています。

今後の活躍も期待される浅田美代子さん、これからも応援していきたいと思います。

本日も、最後までお読み頂きありがとうございました。


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